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  • 2020.05.05

    タナカホームに脈々と受け継がれる 稀代のあきんど、田中金次郎の想い

    こんにちは、八戸市の工務店 タナカホームです。

     

     

    今年で創業47年の当社に創業以来脈々と受け継がれているのが、「お客様の立場にたって、家づくりの夢を応援する」ことです。今回はその原点にある、創業者田中金次郎さんについてご紹介します。

     

     

    タナカホームの前身「株式会社冨士建材」は、昭和38年、田中金次郎さんによって創業されました。金次郎さんは、現在の田中米一会長のお父さんです。大正8年、農家の8人兄弟の3男として誕生。幼いころから苦しい家計を助けるために行商をして家計を助けました。ある時は、村で作った煮干しをもって地方を歩き、お金がない人には野菜と物々交換するなどして、大人顔負けの商才を発揮したそうです。15歳の時に、商業高校への進学を貧しさゆえに断念。その時、金次郎さんの才覚を見込んだ叔父で、風呂屋「冨士乃湯」を経営する事業家要之助さんのいる八戸に来ることになりました。金次郎さんは「冨士乃屋」の名で古着販売を開始、やがて新品衣類も扱うようになり大成功し、17歳で一人前の商人になったのです。

     

    当時、戦争に向かってまっしぐらの時代。金次郎さんもやがて召集され、あの最激戦地「硫黄島」に送られました。金次郎さんは筆舌に尽くせないほどの苦難を乗り越え、奇跡的に生還します。そんな金次郎さんが、終戦後、時代の変化をいち早く読み、住宅ブームの到来に目を付け、「冨士乃湯」「冨士乃屋」の想いをそのままに継承した「冨士」を社名に付けて、起ち上げのが「冨士建材」でした。

     

    その後、八戸に大手住宅メーカーの進出が増えたことから、「このままでは地元の大工さんの仕事がなくなる」との危機感から昭和48年に田中住宅を創業し、分譲住宅事業に乗り出しました。

     

     

     

    偉大な父の背中を見て育った米一会長は、田中住宅の社長となり、八戸市で初めて、先進の技術や設備を導入した「高断熱・高気密の家」を開始したほか、耐久性と省エネ性を追求し自社独自に「ベスト工法」を開発。青森県内初の「木造住宅合理化システム認定」を取得するなど、創業主同様に先進的な取り組みを次々行ってきました。

    時を超え、創業者田中金次郎さんの想いは受け継がれているのです。

     

    ◆本のプレゼントのお知らせ

     

     

    創業者田中金次郎がどのようにして奇跡の生還を行い、事業を発展させてきたのかは、「ある商人の一生~八戸、硫黄島を駆け抜けた誠の心~」蓮見太郎著に詳しく記されています。もしご興味がありましたら、タナカホームまでご連絡ください。一冊進呈させていただきます。

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